下諏訪の駅舎を改めて眺めてみる。
巨大な切妻屋根を頭上に載せた二層の建物で、妻入りの出入口から奥を覗くと改札口が見える。
後ろを振り返ると2本の御柱が、まるで門柱のように聳り立っている。
だが、この御柱は諏訪大社のそれではなく、長野冬季五輪の開会式で用いられたもの。
平成10(1998)年2月7日に“日本演劇界のドン”浅利慶太総合プロデュースのもと、長野オリンピックスタジアムにて日本で2度目となる冬季五輪の開会式は行われた。
雪が降りしきる中を4本の御柱が曳かれて入場し、フィールドの中でキリリと聳立。
そのうちの2本が今ここに保存されているわけだ。
御柱の門柱から駅の外へ踏み出すと、ひときわ大きなビルが視界に入る。
下社秋宮で紹介したオルゴール記念館「すわのね」の日本電産サンキョー本社。
ただ、現在ではオルゴールよりもスケート部のほうが有名で、日本電産と合併する以前の三協精機時代は、あの清水宏保選手も所属していた。
折しも地元開催となった長野五輪で清水はスピードスケート男子500mで五輪新記録を樹立し、日本スピードスケート史上初の金メダリストに。
続く1000mでも銅メダルを獲得する快挙を達成し、長野五輪を象徴する選手の一人になったことを思い出す。
駅前から左に折れて日本電産サンキョービルとの間の道に入り、線路沿いに東へ向かうと県道185号線に出た。
遠くに大きな鳥居を望み、いかにも大神社の門前町といった風情が漂う。
交差点の脇に道祖神が祀られている。
諏訪では街角の小さな道祖神にまでキチンと御柱が祀られているが、トラックで運んできて適当に据えているわけではなく「御木曳」という神事に基づき丁寧に設えてあるのだ。
交差点の脇に立つ大きな石灯籠を眺めていると、見知らぬおじさんが話しかけてきた。
「これは何ですかね?」
「諏訪大社の石灯篭です」
「大したもんなんですか?」「専門家じゃないのでよく分かりませんが、相当古そうですね」
「近くに住んでるけど、じっくり見る機会がなくてね」
「そうなんですか」
諏訪大社に思い入れがあるわけでもなさそうで、単に話し相手が欲しかっただけのよう。
ただ、おじさんの話相手をしているほうが石灯籠を観察するより面白そうだったので、それから10分ほど他愛のない会話を続けた。
「すぐそこのスーパーまで競馬新聞を買いに行く途中なんだよ」
そう言い残し、おじさんは去って行った。
諏訪大神から遣わされた挨拶の使者だったのだろうか?
[旅行日:2016年12月12日]