飛騨国一之宮「水無神社」

一巡せしもの[水無神社]07

飛騨一ノ宮駅

跨線橋を経て再び駅舎の前へ戻り、水無神社の方角を見る。

まだ「臥龍桜」駅と改名したほうが、観光客にアピールできるのではないか? と思ったが。

鉄道の、特に各駅停車の普通列車に観光アイテムとしての役割を期待する時代など既に終わっている。

莫大な費用をかけて改名したところで、観光に寄与する効果などタカが知れているのかも知れない。

そんなことを思いながら飛騨一ノ宮駅を後にした。

源流の里

駅前に「源流の里」と刻まれた大きな石碑が立っている。

宮川の源流は、ここから約20kmほど南の川上岳[かおれだけ]。

北に向かった宮川は富山県に入ると神通川[じんづうがわ]と名を変え、日本海へ注ぐ大河となる。

ここに「神使味女[アジメ]」という言い伝えがある。

「味女[あじめ]」とは宮川に棲んでいた水無大神の使い。

だが味女といっても人間の女ではなく川魚の泥鰌[ドジョウ]である。

その味女に水無大神が、一面の葦原だった御座山[みくらやま]一帯から水を抜くよう命令。

御座山、別名御旅山は水無神社の奥宮がある位山[くらいやま]の遥拝所。

古墳のような形状をした人造の丘陵で、いろいろと謎に包まれているという。

それはともかく、葦原が一転して農地になれば門前一帯は経済的に潤う…と思いきや。

味女が熱心に土を掘り過ぎたのか、川の水そのものが地下へと潜り「地下水流」に。

つまり水無神社の前を流れる部分だけ水流が消え、地上から見えなくなってしまったのだ。

この様子を当地では「水無河原」「覆河原」「鬼河原」「安河原」などと呼んでいたそう。

水無17-018

[旅行日:2016年12月11日]

一巡せしもの[水無神社]06

水無16*017

幹の根元を見ると小さな五輪塔が三基、横に並んでいる。

また、臥龍桜を囲む仕切りロープの右脇には小さな祠が。

五輪塔は三木國綱[みつぎくにつな]が葬られた墓、祠は三木家の祖霊社という。

國綱は戦国時代の武将で官途名[かんどな]を入道三澤[さんたく]、別名を一宮國綱とも言った。

別名の通り水無神社の神官の家に生まれ、宮司の職を継いでいた。

しかし社家を他に譲り、飛騨を治めていた姉小路家の家臣となり武将に転身。

天正13(1585)年、豊臣秀吉の命を受け飛騨に攻め入った金森長近の軍勢に敗北。

これに水無神社の氏子連が助命を嘆願、それが通って命拾いすることに。

それから暫く後、國綱は金森家に反旗を翻し「三澤の乱」を起こす。

ところが今度は長近の養子可重[ありしげ]の返り討ちに遭い、あえなく戦死。

その亡骸が臥龍桜の下に埋められている…というわけだ。

梶井基次郎作の名フレーズ「桜の樹の下には屍体[したい]が埋まっている」は、この故事が元に…なっているわけではない。

だが毎年秋には水無神社の宮司、大幢寺の住職、そして三木家ゆかり縁の人たちが集まり、祖先を供養する「三木祭り」を催行しているそうだ。

水無15*016

[旅行日:2016年12月11日]

一巡せしもの[水無神社]05

水無14-015

入口横の石に刻まれた「臥龍公園」の文字。

国指定天然記念物「臥龍桜」のために整備された公園だ。

今でこそ周囲は小綺麗な公園として整備されているが。

もとは大幢寺[だいどうじ]の境内にあった。

なので往古は「大幢寺の大桜」と呼ばれていた。

昭和6(1931)年に同寺の第二十世住職、道仙和尚が「臥龍桜」と命名。

この名称は桜の幹枝が龍の姿に似ていることに由来するそうだ。

臥龍公園

臥竜桜は推定樹齢1100年を超える江戸彼岸桜[エドヒガンザクラ]の老木。

高さ20m、目通り(目の高さでの幹の直径)7。3m、枝張りは南北30mにも及ぶという大樹である。

母樹から伸び過ぎた枝が垂れて地に着き、そこから発根してもう1本の幹ができた。

新しい幹は母樹から養液を摂取する必要がなくなったため、中間の部分が枯れ落ちてしまった。

さらに昭和34(1959)年、伊勢湾台風の被害に遭い龍の首に相当する部分がポッキリ。

このため現在は母樹と新しい幹の2本の桜で龍を形どっている。

ちなみに枯れ落ちた部分の木は今でも地面に転がっていた。

臥龍桜に近寄り、枝張りを見上げる。

桜花の美しさは「飛騨・美濃さくら三十三選」にも選ばれるほど。

見頃は4月の中旬~下旬とのこと。

冬真っ盛りの現在では当然ながら蕾すら膨らんでいない。

水無15-016

[旅行日:2016年12月11日]

一巡せしもの[水無神社]04

水無12-013

山間の長閑な土地にヒッソリと根を下ろし。いつ来るとも知れない参拝客を待つ飛騨一ノ宮駅。

昭和9(1934)年に開業した時分には、水無神社への玄関口として大そう賑わっていたのだろう。

だが、昭和60(1985)年に無人化されてから既に30年以上もの年月が流れた。

現在では停車する列車も1日往復20本程度。

特に午前10時半ごろから午後3時ごろまでは1本の列車も止まらないという“完全”無人駅状態。

世界中から飛騨高山へと押し寄せる観光役をピストン輸送する特急電車を、ただただ見送る毎日。

だが、それもまた水無神社の玄関口に立つ門番の御役目だと考えれば、存在する意義があるというものか。

水無12*013

扉を開けて駅舎の中に入る。

目の前に現れたのは無人駅となって以来、まるで時が止まったかのような空間。

だがノスタルジックとかレトロスペクティヴといった情緒的なものではない。

国鉄が赤字の断末魔に喘いでいた昭和末期の陰鬱な雰囲気がエンバーミングされているというか。

永遠に腐らない死体を見せられているかのような、他に例えようのない既視感を覚える。

駅員のいない改札口を通り抜けてホームに出た。

対岸式のホーム2面を跨線橋が結んでいる。

無人駅なので跨線橋というより自由通路だが。

その橋に上がり周囲を見渡してみると、北側の線路脇に公園が広がっていた。

水無13-014

[旅行日:2016年12月11日]

一巡せしもの[水無神社]03

水無08-009

看板の麓にあるバス停で下車。

高山駅から20分足らずで着いてしまうのだから、今の高山本線では太刀打ちできない。

というか、高山駅から水無神社に電車で行こうと思う人のほうが少ないか。

益田街道と水無神社の参道が交わる十字路の手前に歩道橋が架かっている。

その上に登り水無神社の方角を眺めてみた。

先刻から舞い続けていた粉雪は本格的な雪となって視界を白く染め、参道奥の山々に囲まれた辺りに佇む黒々とした社殿のシルエットを引き立たせている。

その社殿に背を向け、歩道橋を反対側へと渡った。

車が擦れ違える程度の細い道を歩いていくと眼前に川が見える。

宮川…高山で歓楽街と古い街並みを分け隔てていた、あの川だ。

水無09-010

川岸に沿って歩いていくと橋が見えてきた。

欄干に「一ノ宮橋」とあるが、朱塗じゃなければ擬宝珠もない。

多少デザインは凝っているが、ごく普通のコンクリート橋だ。

橋を渡ると突き当たりに赤い屋根の建物が見える。

JR高山本線、飛騨一ノ宮駅。

駅前へ続く沿道は特に商店街というわけでもなく。

民家やマンションが点々と立ち並ぶ住宅街である。

水無神社の参拝に鉄道は利用されてません…と言外に主張しているかのようだ。

入り口の屋根に鰹木っぽい装飾が施されてはいるが。

他に神社っぽさは特に感じられない、良くも悪くも“普通”の駅舎だ。

今までにも“一ノ宮”の玄関口たる鉄道駅を幾つか訪ねてきたが。

駅舎の規模的には三河や遠江、上総の各一ノ宮駅と同程度だろう。

ただ、外房線の拠点駅として首都圏の鉄道網を支える上総や、構内に本格的な蕎麦屋のある遠江のような華やぎはない。

水無11-012

[旅行日:2016年12月11日]

一巡せしもの[水無神社]02

水無04-004

暫くウロウロしていたところ、1軒の店にガツン!と行き当たった。

「串焼き かっぱ」。

見た目に風格を感じさせる店構えだが、いまひとつ価格帯が分からない。

それでも間違いはなかろうと扉を開けて中に入ってみると、これが正解だった。

築100年を超えるという建屋は飛騨ならではの建築様式を現代に伝える貴重な文化財的建造物。

ここの名物は飛騨牛の串焼き。

塩でシンプルに焼いた牛肉は柔らかく滋味深い。

朴葉味噌や漬物ステーキなど飛騨地方の名物料理がどれも旨い。

どぶろく特区で醸された地酒の濁酒と共に堪能した。

水無05-005

翌朝、宿で朝食後に庭を眺める。

キレイな箱庭のようにキチンと手入れされた庭は、宿が伝えてきた歴史を感じさせてくれる。

宿に荷物を預けて高山駅へ。

ただ、水無神社へは鉄道ではなく路線バスを利用する。

飛騨一ノ宮駅は高山駅の隣。

だが、高山本線を走る各駅停車が絶望的に少ないのだ。

それに比べて1時間に数本ほど運行されている路線バスは、鉄道を比較にならないほど利便性が高い。

バスは国道41号線、別名「益田街道」をノンビリ走っていく。

「飛騨」という国名は幾重にも連なる山や谷の風景が、まるで衣の「襞[ひだ]」のように見えるから…という説がある。

外は粉雪がハラハラと舞い、低く垂れ込めた雲と稜線の間から差し込む柔らかな日の光を浴びてキラキラと輝いている。

やがて、車窓の先方に「飛騨一宮水無神社」と大書きされた看板が見えてきた。

水無07-008

[旅行日:2016年12月10〜11日]

一巡せしもの[水無神社]01

水無01-001

岐阜駅から高山本線の各駅停車に乗車。

よくローカル線にあるボックスシートではなく、通勤電車にありがちなロングシート。

ボックスシートならアルコール片手にホロ酔い気分で寛げるのだが。

ロングシートとなると途端にアル中っぽくなるので、なかなか手を出せない。

間も無く高山駅、その手前で電車は飛騨一ノ宮駅に到着。

飛騨一宮水無神社の最寄り駅だが今日は素通り。

明日また改めて訪れることにする。

岐阜駅からローカル電車にゴトゴト各駅停車で揺られること3時間半。

高山駅へ到着した頃には既に陽も落ち、ホームは宵闇に包まれていた。

階段を上がると眩い光の中で真新しい駅舎が煌めいている。

その構内にひしめく大勢の外国人観光客。

飛騨高山に海外から観光客が押しかけているとは聞いていたが、これほどとは!

水無02-002

構内の雑踏をすり抜けて駅前に出る

底冷えのする12月の飛騨は雪が降っていないだけ幸いだったか。

駅構内の雑踏が嘘のように閑散としている街頭を北へ向かって歩く。

今宵の宿は「旅館いろは」。

高山の街並みに溶け込むように佇んでいる老舗の宿だ。

水無03-003

食事をするため宿を出た。

街の中心部を東西に貫く国分寺通りを東へ向かうと宮川にぶつかる。

この川を超えた向こう側が、飛騨高山を象徴する古い町並み。

だが今宵は川を渡ることなく、橋の手前で歓楽街へと魅き込まれた。

高山を代表する飲屋街、朝日町は厳冬の夜に訪れる酔客を吸い込んでいる。

だが、心に響きかけてくる店は意外と少ない。

[旅行日:2016年12月10日]
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