①福岡編
お城と野球場…一見、何も関係なさそうな両者を結び付ける旅に、これから出かけようと思う。
ハナモクの夜、大勢の人混みで賑わう新宿駅西口、高速バスターミナル。
乗るのは某番組で“キング・オブ・深夜バス”と賞賛(?)された「はかた号」。
東京・新宿と福岡・天神を約14時間かけて結ぶ国内最長クラスの深夜高速バスだ。
「はかた号」のシートは「プレミアム/ビジネス/エコノミー」の3クラス。
そのうち利用したのは最上級のプレミアムで、2階最前部に4席しかない。
座席は大型で幅広くリクライニングも深く倒れるため、ほぼ真横になれる。
手元には小型テレビが設置され、車内で上映される映画が視聴可能。
ただ、テレビ放送は東京都内と福岡市内でしか受信できない模様。
コンセントも設置されており、スマホやタブレット、ノートパソコンが充電できる。
Wi-Fiも利用可能と謳っているが、残念ながら何度設定しても接続できなかった。
座席には毛布とスリッパが備えてあり、出発前にはアメニティグッズ(タオル/耳栓/アイマスク)が配られる。
その折、係員さんから「最前列右側の席が空いているので移ってもいいですよ」と勧められた。
予約はあるのに乗客が来なかったそうで有難い話。
お言葉に甘えて席を移動する。
前方はフロントガラス、後ろの席にも幸い乗客はいない。
今夜の最前列はこのうえなく快適だ。
21時ちょうど、はかた号はバスターミナルを出発した。
直後から車内の大型ビジョンで映画の上映が始まる。
タイトルは「新しい靴を買わなくちゃ」。
タイトルは「新しい靴を買わなくちゃ」。
脚本家の北川悦吏子がメガホンを取り、中山美穂と向井理がパリを舞台に繰り広げるラブストーリー。
……なんたるつまらん映画を流すのか? なせ「釣りバカ日誌」を流さない? 寅さんでもいいけど。
こういう場所ではオシャレな作品より人情コメディ映画のほうが、より多くの人に見てもらえるのでは?
どうせ見ない人は何が上映されたって見なかろうし。
一瞥もしないうちに映画が終わり、23時50分ごろ、静岡県の日本平パーキングエリア(PA)で最初の休憩停車。
トイレは車内にもあるのだが非常に小さく使いにくいため、用はPAかサービスエリア(SA)で足すのが賢明だ。
ここのコンビニでカップ入りの氷と炭酸水、ビーフジャーキーと「大人に贅沢チョコボール」を調達する。
飲酒運転防止の観点からSAやPAで酒類は一切販売されていない。
それを見越して(?)乗車前、新宿でバーボンウイスキーのポケット瓶を入手しておいた。
出発後に車内は就寝モードとなり車内照明が落とされ、座席がカーテンで覆われる。
フロントガラスもカーテンで目張りされ、ほぼ真横になったシートと相まってプレミアムシートはほぼ個室状態。
さっそく氷の入ったカップにバーボンを注いで炭酸水で割り、本格的なバーボンハイボールを作る。
スマートフォンのアプリ「ラジコ」で「ジェットストリーム」を聞きながら、ビーフジャーキーとともに堪能。
さらに大人の贅沢チョコボールを口一杯に頬張り、バキバキと噛み砕き、ハイボールで一気に流し込む。
「大人に贅沢チョコボール」とは「おもちゃのカンヅメ」でお馴染みの森永「チョコボール」の大人版。
厳選ピーナッツと贅沢カカオ、チョコレートが三位一体となって醸し出すフレイバー。
それをバーボンのテイストが包み込み、渾然一体となって脳天を甘く苦く刺激する。まさに、この上ない大人の贅沢。
子供の頃は金のエンゼルを探し求めていたのに、大人になって本当の金のエンゼルに巡り会えた心持ちがする。
か細い読書灯の明かりに照らされ、まるでバーで一杯やってる気分。
いや、シートの寛ぎ具合がバーとは異次元。この体験は夜行高速バス以外にはあり得ない。
いつしか酔いに任せ、気付かないうちに眠りに落ちていた。
[旅行日:2014年6月19日]
翌朝7時ごろに目が覚める…というか覚ます。
サッカーW杯ブラジル大会の日本対ギリシャ戦を聴くため。
しかし普通のラジオと異なりスマートフォンは途中、バッファのため音声がブツブツ途切れる。
その間に点が入ったらどうすんだよ! と心配するが、いつまで経っても得点も失点もない。
8時15分ごろ車内は再び通常モードに戻り、前方のフロントグラスを覆っていたカーテンも全開。
ここで朝食(SOYJOY2本、カロリーメイト小1箱、ポカリスエット500cc1本)が配布される。
同20分に山口県の佐波川サービスエリアで2度目の休憩停車の後、2本目の映画上映がスタート。
今度の作品は宮藤官九郎の脚本による「なくもんか」。
北川悦吏子の作品よりは面白そうだが、ギリシャ戦の前にはクドカン作品も色褪せて見える。
試合は結局0-0の引き分けに終わり、1敗1分になった日本代表の決勝トーナメント進出は絶望的となった。
今さら映画を見たところで途中からストーリーが分かるわけでもなく、フロントガラスに流れる風景をボンヤリと眺める。
生憎の曇り空で晴れていたら更なる景勝が拝めたのに…と少々残念がる。
途中小倉駅に停車して乗客を降ろし、映画が終わる頃には福岡市内へ。
博多バスセンターに立ち寄り、11時45分ごろ天神バスセンターに到着した。
予定より25分ほどの遅延だったが、さほど気にならない。
長いようでアッという間の14時間半、苦痛じゃなかったのはプレミアムシートだったからだろう。
これがエコノミーシートだと非常にキツかったのではないかと、今にして思えばゾッとする。
幸い平日だったため閑散料金で利用できたが、繁忙料金になると一気に値が上がる。
LCCが成田と福岡を5000円で結ぶ今、コスパが非常に低い乗り物ではある。
しかし、あくまでも“バス旅”を楽しむことが目的なら納得できる料金かと思える。
バスに長時間揺られた身体をリフレッシュさせるため、天神から海の方へブラブラ歩く。
目的地は博多ラーメンで有名な長浜地区にあるスーパー銭湯「天神ゆの華」。
浴場は1階と2階に分かれ、奇数日と偶数日で男湯と女湯が入れ替わるシステム。
この日は偶数日で男湯は1階だった。
屋内にはサウナやジェットバス、ミストサウナ、電気風呂など。
屋外には想像していたより大きかった露天風呂や、壺湯など。
天然温泉を謳っているが効能は…よく分からない。
鈍感なので「普通のお湯じゃないな~」程度の違いしか感じなかった。
石鹸、ボディーソープ、シャンプー、リンスなどは無料。
タオル、歯ブラシ、ひげ剃りなどは有料。
タオル、歯ブラシ、ひげ剃りなどは有料。
利用はしなかったが有料でアカスリやマッサージのサービスもある。
健康ランドのように大広間の休憩室はないが食堂はある。
注目したメニューは水炊きやモツ鍋が1人前になった「一人鍋」。
これにドリンクと〆(うどん/ラーメン/ご飯のいずれか)がセットになった「大満足セット」は1000円とオトク。
これにドリンクと〆(うどん/ラーメン/ご飯のいずれか)がセットになった「大満足セット」は1000円とオトク。
実際に真っ昼間っから「大満足セット」で一杯やってるオヤジが何人もいる。
この鍋以外にも蕎麦が名物のようで、酒のツマミになるような一品料理も豊富だ。
しかし昼から鍋にビールでもなかろうと、ここは期間限定「唐船峡そうめん」を注文した。
唐船峡とは鹿児島県指宿市にある「流しそうめん発祥の地」。
素麺にしては強いコシと仄かに漂う独特の風味が特徴。
素麺にしては強いコシと仄かに漂う独特の風味が特徴。
薬味の梅干や生姜、山葵とともにツルツルすすれば、これがなかなかの美味。
あまり耳にしたことのない「唐船峡そうめん」、めっけもんだった。
あまり耳にしたことのない「唐船峡そうめん」、めっけもんだった。
[旅行日:2014年6月19~20日]
1時間ほど「天神ゆの華」に滞在した後、那珂川の方に向かう。
目的地は博多湾と那珂川が交わる河口付近にある「ボートレース福岡」。
目的地は博多湾と那珂川が交わる河口付近にある「ボートレース福岡」。
県内にボートレース場を3つも抱える福岡県では、競馬よりボートレースのほうが圧倒的な人気を博している。
中でも繁華街の天神に程近いここは、ボートレースの“メディナ”とも言える存在(ちなみに“メッカ”は大阪のボートレース住之江)。
平日の真っ昼間に訪れたのだが、既に駐車場は満杯。スタンドもソコソコ混んでおり、さすが“メディナ”だけあると感心。時間がなかったので、ひとレースだけ遊んでいくことにした。
福岡は競争水面が那珂川に大きく食い込み、川の流れがレースに影響を与えるため、なかなか予想の難しいボートレース場。
第9レースを三連単4点で勝負したものの案の定ハズレ。
まぁ、遊びですからね…(と内心忸怩たる自分がいる)。
まぁ、遊びですからね…(と内心忸怩たる自分がいる)。
帰ろうかとスタンドをブラついていたら、食堂のディスプレイが目に止まった。何気なく眺めていると小母ちゃんに「いらっしゃいませ~!」と元気よく呼び込まれ、入らざるを得ない羽目に。
先ほど天神ゆの華で「唐船峡そうめん」を食べたばかりではあるが、博多うどんに食指をソソられたので注文する。
博多うどんの麺はコシがなく柔らかくてフニャフニャなのが特徴。
具は丸天(円形のさつま揚げ)かゴボ天(ごぼうの天ぷら)のうち、ゴボ天をチョイスする。
具は丸天(円形のさつま揚げ)かゴボ天(ごぼうの天ぷら)のうち、ゴボ天をチョイスする。
出汁は薄口ながら大阪とも讃岐とも異なり、他に類を見ない風味。
柔らかい麺と固いゴボウが交じり合い独特の食感を生み出している。
柔らかい麺と固いゴボウが交じり合い独特の食感を生み出している。
そうめん&うどんの小麦食ダブルパンチの昼食を終えてスタンドを後にし、連絡橋の上から後ろを振り返ると、そこには質屋と立ち飲み屋。
賭場と酒場と質屋という“魔の黄金三角地帯”に、今までどれだけの人たちが溺れていったのだろう…。そんなことを想像しつつ、身震いしながらボートレース福岡に別れを告げた。
天神の裏通りを縫うように逍遥しながら大濠公園方面へ向かう。
町並みを眺めながら散策すること約30分。福岡高裁の前に着くと、そこに一基の記念碑がある。
その名は「平和台野球場記念モニュメント」。
1997年まで存在した平和台球場の証だ。
1997年まで存在した平和台球場の証だ。
モニュメントから視線を上に向けると、何やら工事をしている。近くには「上之橋御門石垣修復工事」の看板。上之橋御門は福岡城三の丸につながる公式の御門で、江戸に近いから“上”の橋なのだそう。
「虎口構え」の石垣は算木積みで、高さは約10メートル。
裏手に回ると展望台が設えてあり、工事の様子を間近で見学することができる。
裏手に回ると展望台が設えてあり、工事の様子を間近で見学することができる。
上之橋を渡ると目の前には金網に囲まれた広い原っぱ。
先のモニュメントにあった平和台球場の跡地だ。
先のモニュメントにあった平和台球場の跡地だ。
平和台球場は戦後間もない1949年にオープン。
1951年からは西鉄ライオンズの本拠地となり“野武士軍団”は数々の伝説を遺した。
1951年からは西鉄ライオンズの本拠地となり“野武士軍団”は数々の伝説を遺した。
1978年にライオンズは埼玉に移転し平和台は“空き家”に。
その後、福岡は暫くプロ野球チーム不在の状況が続く。
その後、福岡は暫くプロ野球チーム不在の状況が続く。
それが解消されたのは10年後の1988年。ダイエーが大阪の南海ホークスを買収して福岡へ移転し、平和台は福岡ダイエーホークスの本拠地となった。
新たな主ダイエーを迎えるべく、平和台球場は1987年にスタンドを改築。
ところが工事中に地中から鴻臚館の遺跡が出土して大騒ぎに。
ところが工事中に地中から鴻臚館の遺跡が出土して大騒ぎに。
ただ、ダイエーには福岡にドーム球場を建設する意向があったため、その完成とともに平和台球場は閉鎖、解体されることが決定した。
1993年、ホークスは福岡ドームの完成とともに平和台から移転。鴻臚館遺跡の発掘から10年後の1997年に平和台球場は閉鎖され、ここに約半世紀に及ぶ歴史に幕が降ろされたのだった。
平和台の跡地は北側と南側に分けて調査が行われ、まだ終わっていない北側には入れない。
一方、調査の終了した南半分…球場でいうと外野のフィールドと観客席の部分には昼間に限って立ち入ることができる。
以前は観客席も一部保存されていたが、2005年の福岡県西方沖地震地震で被害を受けたため取り壊されている。
[旅行日:2014年6月20日]
球場跡を囲む金網に沿って歩きつつフィールドを眺めてみる。
“青バット”大下弘や“鉄腕”稲尾和久、“怪童”中西太や“チェンジアップ”豊田泰光ら1950年代の西鉄野武士軍団(ただし彼らのプレイを生で見たことはないけど)。
“トンビ”東尾修をはじめ土井正博、大田卓司、竹之内雅史ら、1970年代の“暗黒”太平洋→クラウンライター時代。
山本“ドラ”和範をはじめ佐々木誠や村田勝喜、河埜敬幸ら、大阪から移ってきたダイエーホークス時代。
かつてフィールドのあった場所で往年の名選手たちがプレイする姿が目に浮かんでくるようだ。
平和台球場跡地の南側には「鴻臚館跡展示館」が立っており、館内には出土品が展示されている。
また、発掘された遺跡の上に覆屋を建て、礎石などの遺構を発見時の姿で保存、公開している。
入場料は無料だが、球場跡にしか興味がなかったので寄らずに先へ進んだ。
入場料は無料だが、球場跡にしか興味がなかったので寄らずに先へ進んだ。
鴻臚館跡展示館に隣接して大きく口を開けているのが二の丸門。石段を登ると東二の丸跡、現在ではサッカー場が広がっている。
一面に桜が生い茂り、シーズンには花見客で賑わうことだろう。しかし現実として目の前にいるのは大量のカラス。
大河ドラマの恩恵を受けることもなく観光客の数は疎ら。平日の夕方なのを差し引いても寂し過ぎる。
東二の丸跡を過ぎ、石垣に挟まれたクランク状の道を通って石段を登ると本丸御門跡に出る。
御門の建物は破却されず、大正7(1918)年に臨済宗大徳寺派崇福寺へ移築された。崇福寺は黒田家の菩提寺で、御門は二階建て山門として今でも往時の姿を保ち、県文化財に指定されている。
本丸御門跡からヘアピンカーブ状の道を通って石垣に挟まれた石段を登ると、正面に小さな櫓が姿を見せる。「祈念櫓」といって、本丸東北方向に当たる鬼門を封じる祈念を行うために建立されたもの。
大正中期に北九州市八幡東区の大正寺へ移築されたが、1984年に元の場所へ戻ってきた。
しかし、元の大きさに比べるとかなり小さくなっていたそうだ。
しかし、元の大きさに比べるとかなり小さくなっていたそうだ。
祈念櫓から本丸御殿跡を通り抜け天守台へ。
天守台の入口には独特な形状をした「鉄(くろがね)御門跡」が残っている。
天守台の入口には独特な形状をした「鉄(くろがね)御門跡」が残っている。
幅が狭いのは敵の侵入を防ぐためで、しかも石垣の上に張り巡らされた櫓や塀から攻撃できるようになっていたそうだ。
鉄御門跡の先にある埋(うずめ)門跡もまた、やはり狭き門。
天守への道は何重もの防御システムで護られていたことが分かる。
天守への道は何重もの防御システムで護られていたことが分かる。
石垣が複雑に入り組んだ道を抜けて大天守台跡へ。
もちろん天守閣の建物は残されていない。
もちろん天守閣の建物は残されていない。
というか福岡城には最初から天守閣が建設されていなかったというのが定説。
だが最近、天守閣の存在を示唆する古文書が発見されたという。
だが最近、天守閣の存在を示唆する古文書が発見されたという。
創建当初は天守閣も建設されたが、その後で取り壊されたのではないか?
そんな説が台頭し、天守閣の存否をめぐる議論が沸騰しているそうだ。
そんな説が台頭し、天守閣の存否をめぐる議論が沸騰しているそうだ。
外様大名による城郭の建築・改築に対する徳川幕府の監視は、特に江戸時代の初期には非常に厳しいものがあった。
徳川からの疑念を払拭するため、せっかく拵えた天守閣を敢えて破却したということがあったのかも知れない。
大天守台跡を南に抜けると突き当りには武器櫓跡。
まだ発掘調査中らしく立ち入りが制限されている。
まだ発掘調査中らしく立ち入りが制限されている。
その名の通り武器の格納庫で、長屋式の二重二階の櫓。大正以前の写真や黒田別邸に移築された時代の写真が残っており、どのような外観だったのかは判明しているそうだ。
武器櫓から大天守台跡の裾を時計回りにグルリと回り込み南西の端へ。
ここには福岡城内に残る唯一の国指定重要文化財、多聞櫓がある。
ただし公開は午後5時まで。タッチの差で見学することが叶わなかった。
ここには福岡城内に残る唯一の国指定重要文化財、多聞櫓がある。
ただし公開は午後5時まで。タッチの差で見学することが叶わなかった。
多聞櫓から桐ノ木坂門を抜け、城郭の西側を通って下之橋御門方面へ。
今なお美しく保たれている石垣と手前の灌木が絶妙のコントラストを描いている。
今なお美しく保たれている石垣と手前の灌木が絶妙のコントラストを描いている。
石垣が尽きると松ノ木坂門への入口に出る。坂道が緩やかな勾配を描いている。
一帯は三の丸で家老職の屋敷群があったところ。
現在ここにあるのは平和台陸上競技場。
陸上競技の練習に勤しむ中学生たちの歓声が響いていた。
現在ここにあるのは平和台陸上競技場。
陸上競技の練習に勤しむ中学生たちの歓声が響いていた。
[旅行日:2014年6月20日]
競技場と道を挟んだ向かい側に立っているのが県指定文化財、旧母里太兵衛邸長屋門。
「酒は飲め飲め~飲むならば~」の黒田節でおなじみ、母里太兵衛の屋敷にあった長屋門を移築したもの。母里の屋敷は現在、天神二丁目の福岡天神センタービルの場所にあったという。
黒田節は文禄5(1596)の正月、小田原征伐で京都伏見にいた広島藩主福島正則のもとへ、太兵衛が黒田長政の名代として挨拶に行った際の出来事に由来する。
太兵衛も正則も大酒飲みで、両者が出逢えば盛大な酒宴になるのは必定。酒でのトラブルを怖れた長政は太兵衛に対し、どれだけ酒を勧められても絶対に飲むなと厳命を下した。
太兵衛が正則の許を訪れると案の定、朝から酒宴を張っている。
年賀の挨拶もソコソコに、さっそく太兵衛に酒を勧める正則。
「やあやあ母里殿、よう来られた。まずは駆けつけ一杯!」
「それがし、酒は不調法でござる故」
だがしかし、太兵衛も主命とあって酒の誘惑を頑なに固辞。
正則も断られるごとに強く酒を勧めるが、ことごとく跳ね除ける太兵衛。
正則も意地になったか、直径一尺にも及ぶ漆塗りの大盃に三升もの酒をナミナミと注ぎ、太兵衛に差し出して言った。
「この酒を飲み干したなら、なんなりと好きなものを褒美にとらすぞ」
それでも断固として盃を受け取らない太兵衛。
その頑なさに業を煮やしたのか、正則は挑発行動に出た。
「酒豪と名に聞く母里太兵衛ですら、この程度の酒すら平らげる自信がないとは。よほど黒田家は酒に弱いのであろう、腰抜け揃いの弱虫藩じゃな。長政殿もお気の毒に」
自分のことはともかく、主君の家名を貶められた太兵衛は憤慨。
また、これ以上断って短気な正則の癇癪に火を付けるのも得策ではないと判断したのか。
「然らば、ここを戦場と心得、頂戴仕りまする」
太兵衛は腹を括り、大盃を受け取るや三升もの酒を一気のうちに飲み干すや「おかわり」そして「おかわり」と、あれよあれよという間に三杯立て続けに平らげた。
呆気にとられる正則に、太兵衛は一本の槍を指差して冷静に言い放った。
「お約束のご褒美には、あの槍を頂戴したく仕ります」
「あ、あれだけは勘弁せい、太閤殿下から賜った家宝じゃ…」
その槍は第百六代正親町(おおぎまち)天皇から将軍足利義昭へ下付され、織田信長、豊臣秀吉の手を経て正則に渡った天下の名槍「日本号」。
正則は酒に酔って日本号を隠し忘れ、出しっぱなしにしたのが仇になった格好。
渋る正則に、太兵衛は重ねて言い放つ。
「約束が違いますな、武士に二言はござらぬはず」
そう言われたらグーの音も出ず、正則は太兵衛に日本号を渡すことに。
太兵衛は日本号を肩に担ぎ、馬上で「筑前今様」(黒田節の元歌)を歌いながら、いい気分で帰ったという。
太兵衛は日本号を肩に担ぎ、馬上で「筑前今様」(黒田節の元歌)を歌いながら、いい気分で帰ったという。
日本号は長さ79.2センチ、全長が321.5センチ、重さ2800グラムという大身の槍。
現在、福岡市博物館に所蔵されている。
現在、福岡市博物館に所蔵されている。
母里太兵衛の長屋門から明治通り方面へ向かうと、福岡城に架かるもうひとつの橋、下之橋に出る。
ここには上之橋と同様に下之橋御門が構え、その横には伝潮見櫓が立っている。
昭和31(1956)年、浜の町(中央区舞鶴三丁目)の旧黒田別邸から現在地に再移築されたもので、県から文化財に指定されている。
頭に“伝”と付いているのは、この櫓が本当の潮見櫓ではないと推定されているからで、最近の調査によると元は本丸表御殿近くにあった「「古時打櫓(ふるときうちやぐら)」らしい。
では本来の潮見櫓はどこにあるのかというと、本丸御門のところで登場した崇福寺に移築されているそうだ。
下之橋御門は平成12(2000)年8月に不審火で半焼したものの、同20(2008)年11月に復元された。
焼失前は平屋造りだったが、美しい二層の城門である現在の姿が幕末まであった本来の姿だと言われているという。
[旅行日:2014年6月20日]
大濠公園駅から地下鉄に乗車し、隣の唐人町駅で下車。
地上に出て目の前を流れる川の左側、ホークスとうじん通りを海の方角へと向かう。
地上に出て目の前を流れる川の左側、ホークスとうじん通りを海の方角へと向かう。
駅から歩くこと15分ほどで、黄金色に輝くヤフオク!ドームが姿を見せた。
ドームの前に広がるショッピング街「ホークスタウンモール」を通ってヤフオク!ドームへ。
今日は野球の試合もイベントもないので、モールは人通りが少なく閑散としている。
ここにはHKT48劇場もあるが、その前には十数人程度のファンがタムロしている程度。
博多駅からも天神からも唐人町からも遠く、しかも主要な公共交通機関は鉄道ではなくバス。
ホークスの試合やイベントのない日は、なかなか客が集まりにくいのだろか?
モールを抜けてヤフオク!ドームの前へ。
試合のある日なら人波であふれているであろうはずのコンコースも、ほとんど人影なし。
平日の夕方、しかもハラハラと小雨が落ちている状況では、さもありなん。
試合のある日なら人波であふれているであろうはずのコンコースも、ほとんど人影なし。
平日の夕方、しかもハラハラと小雨が落ちている状況では、さもありなん。
「すみません!」
ヤフオク!ドームをボーッと眺めていると、背後から声を掛けられた。
振り向くと一人の若い女性が立っている。
振り向くと一人の若い女性が立っている。
「ゼップフクオカってどこか分かりますか?」
「ゼップフクオカ?」
「ゼップフクオカ?」
その質問にはゼップというより絶句。
「ZeppFukuokaは、ほら、そこだよ」
目の前にある建物を指差すも、まだ女性は場所が分からない様子。
「その、目の前にあるグレーの建物だよ」
「あー、分かりましたぁ! ありがとうございます!」
「あー、分かりましたぁ! ありがとうございます!」
そう言うと一目散に駆け出して行った。
開演時間が迫り相当焦っていて、目の前の会場に気が付かなかったのだろうか?
これぞまさに「灯台下暗し」だ。
開演時間が迫り相当焦っていて、目の前の会場に気が付かなかったのだろうか?
これぞまさに「灯台下暗し」だ。
ドームの外周を半時計回りに逍遥。
5番ゲート左隣には福岡ソフトバンクホークスのオフィシャル野球観戦居酒屋「鷹正」がある。
5番ゲート左隣には福岡ソフトバンクホークスのオフィシャル野球観戦居酒屋「鷹正」がある。
外からはもちろん、ドーム内からもアクセスできるのはオフィシャルならでは。
しかし営業日はヤフオク!ドームで試合やコンサート、イベントが開催される日のみ。
なので当日はお休み。
しかし営業日はヤフオク!ドームで試合やコンサート、イベントが開催される日のみ。
なので当日はお休み。
左手方面には先ほど通ってきたホークスタウンモールが広がる。
「Hawks」のロゴはソフトバンクではなくダイエー時代のもの。
「Hawks」のロゴはソフトバンクではなくダイエー時代のもの。
現在のダイエーが置かれた立場を思えば、そのロゴからは儚さを感じる。
視線を手前に移してヤフオク!ドームとホークスタウンモールの境目を見ると、両者を隔てる壁から無数の手がニョキッと突き出している。
「暖手(だんて)の広場」といって200体以上に及ぶ有名人の等身大手形が立体的に再現されている場所なのだそうだ。
ビリー・ジョエルやナタリー・コールといった外タレから、永六輔や古今亭志ん朝、朝比奈隆までバラエティに富んだ顔(というか手)ぶれが並んでいる。
ドームの外周を半分ほど過ぎて海側の突き当りまで来たところに仏像が立っているのが見えた。
横に立つ標柱には「鷹観世音大菩薩」と記されている。ホークスの守護神(仏?)の由。
菩薩様の背中には鷹の翼が広がり、その背後には九州を象った装飾。
この神仏頼みは「神様仏様稲尾様」以来の福岡の伝統なのだろうか?
ヤフオク!ドームを一周して元の位置に戻る。試合やイベントがなければ何ともつまらない場所だ。
隣接するヒルトンホテルで夕食とも思ったが、なんか旅の趣旨にそぐわない気がするので止めた。
それならホークスタウンモールでと思うが、夜行高速バスに乗り遅れるのも嫌なのでパス。
唐人町駅へホークスとうじん通りを戻る。
既に日は落ちて辺りは薄暗く、部活帰りの中学生たちが自転車で通り過ぎていく。
既に日は落ちて辺りは薄暗く、部活帰りの中学生たちが自転車で通り過ぎていく。
ヤフオク!ドームでナイターが開催される時は、この通りもホークスファンで溢れかえるのだろう。
[旅行日:2014年6月20日]
地下鉄で博多駅へ。
バスの発車時間まで少し時間があるので、時間を潰そうと駅ビルの中をウロウロする。
平成23(2011)年、九州新幹線の全線開業に併せてリニューアルして以来、初めて訪れた博多駅は全く別の駅と化していた。
地下街には有為な時間を過ごせそうな一杯飲み屋や立ち飲み屋が散見されたが、残念なことにどこも満席!
駅は旅人のモノなんだから地元民は馴染みの店に行けよ! と独りごちつつ、駅を出て酒場を求め駅前を漂う。
しかし、これといった店に出くわさないまま彷徨うこと数十分、ようやくたどり着いたのが駅前の朝日ビル地下にあった居酒屋「石蔵」だった。
店先の黒板に手書きされていた「とくとくセット」、生ビール+焼酎2杯+料理3品で1900円…に惹かれての選択。
入り口が大きく開かれていたので気楽に入れ、カウンター席には誰もいなかったので窮屈な思いをすることもなく。
席に着くや、昼下がりに福岡競艇場で博多うどんを啜って以来、何も口にしていなかったことに気付く。
道理で喉が乾いているはず。
まずは突き出しの枝豆をアテに生ビールで乾いた喉を潤す。
まずは突き出しの枝豆をアテに生ビールで乾いた喉を潤す。
「焼酎はどれにしますか?」
若い女性店員が尋ねてきたので、芋、それもお湯割りを選択する。
続いて料理3品が次々と運ばれてきた。
芝海老のフライ、明太子の玉子焼き巻き、刺身。
芝海老のフライ、明太子の玉子焼き巻き、刺身。
出来合にしてはどれも美味く、飛び込みで入った割には正解だったか。
焼酎がアッという間に底を突いたので、お替わりを注文。
一緒に博多の郷土料理「おきゅうと」を頼んでみる。
一緒に博多の郷土料理「おきゅうと」を頼んでみる。
「おきゅうと」とは海藻を加工した寒天のような食材で、福岡・博多では朝食のお供に欠かせない一品との由。
以前から一度は食べて見たかった「おきゅうと」、初めての味わいは…味があるような、ないような。
どちらかといえば味そのものより食感を楽しむ料理にも思える。
いずれにせよ、胡瓜の千切りを「おきゅうと」で巻いたものと、冷酒を交互に口へ運べば、止めどなくなりそうな予感はする。
更にグラスが空いて焼酎のお替わりを頼もうかと思ったその時、テーブルの立て札が目に止まった。
そこにあったのは「えみ割り」…焼酎の青汁割りのことだ。
これまで様々な「割り」を喰らってきたが、さすがに青汁で割った焼酎は飲んだことがない。
これも旅の醍醐味とばかりに「えみ割り」を注文し、これまた博多名物「酢もつ」も一緒にオーダー。
「酢もつ」とは新鮮なモツを茹でて細切りにし、刻み葱とポン酢で和えた料理。
博多ではどこの居酒屋にもあるありふれたメニューらしいのだが、あまり他では見かけない。
「えみ割り」はホットとアイスをチョイスできるのだが、ここはお湯割りの流れを受けてホットを注文する。
一口飲んでみると美味いのか不味いのかよく分からないし、青汁の粉末が溶け残ってグラスの底に溜まるのもよろしくない
それに「酢もつ」との相性も青汁がポン酢の風味を打ち消してしまうせいか、あまりピンと来ない。
これならば普通のお湯割りのほうが「酢もつ」とマッチしていたような気がする。
ただ、これで「えみ割り」を全否定する気はない。むしろガッツリした肉料理にはピッタリではなかろうか。
もつ鍋なら好適なマリアージュが楽しめるかも知れない。
青汁の粉末があれば家庭でも普通に作れるわけだし、合わせる料理次第では焼酎を美味しく飲める手段としてアリだろう。
午後10時前、そろそろバスの発車時間が迫ってきた。石蔵ともお別れの時である。
1時間と少し居て会計は3000円強と、コストパフォーマンスもなかなか。
いつかまた博多駅で乗り換えの合間に時間が空いた時は、ここへ一杯飲りに来るとしよう。
午後10時35分、深夜高速バス「広福ライナー」は博多バスターミナルを出発した。
2×2の横4列シートは、ほぼ満席。女性の利用客が多いのにビックリした。
座席は最後方の窓側で、通路を挟んだ反対側はトイレ。
通路を行き来する客もおらず、なかなか快適。
通路を行き来する客もおらず、なかなか快適。
暗闇に包まれた車内で微睡みながら、福岡の街に別れを告げたのだった。
[旅行日:2014年6月20日]
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