諏訪下秋13

翌朝、大浴場へ向かうためロビーへ降りてみると壁一面に広がる大きな窓から、朝日を浴びてキラキラ輝く諏訪湖が遠くに見えた。

ドアを開けて前庭へ出てみると、冷んやりとした空気に身躯が包み込まれ、一瞬にして目が覚めた。

ここ諏訪湖には「湖底に武田信玄の墓がある」という伝説がある。

信玄は元亀4(1573)年4月12日、信州伊那谷の駒場[こまんば]で病没。

死を3年間隠蔽するよう指示した遺言に従い、天正4(1576)年4月に甲州塩山の乾徳山[けんとくさん]恵林寺(えりんじ)に葬られた。

このあたりの経緯は過去に小説や映画、ドラマなどで幾度も描かれており、お馴染みのストーリー。

ただ、隠蔽期間が3年間もあったため遺骨が散逸し、墓所が恵林寺以外にも高野山など幾つか存在している。

そのうちのひとつが、ここ諏訪湖。

しかも湖底にあるそうだ。

武田家の戦功や武略などを記した軍学所『甲陽軍鑑[こうようぐんかん]』にも「亡骸は甲冑を付けて諏訪湖に沈めよ」という記述がある。

天正4年4月12日の夜中、家臣たちが掲げる松明の赤い炎に照らされ、石棺が赤い泡を吹きながら静かに湖底へ沈んでいった…と伝承されているそう。

本当かどうかは分からないが、一代の英雄武田信玄の存在を誇張するため、多少は大げさに記述されている面もあるのだろう。

ところが昭和62(1987)年、国土地理院が水中ソナーで湖底の地形を調査した時のこと。

人工的に作られた、一辺が25mもある巨大な菱形の窪みと思われる影が映し出された。

東西20m弱、南北20m強、四つの角は東西南北を指しているという。

菱形は武田家の家紋であり、これは『甲陽軍鑑』に記された信玄の墓では? と、世間が大きくザワつく。

その後、平成2(1990)年まで調査が5回行われた。

窪みの内部には3~4m大の穴があり、墓らしき痕跡を示す品も出土したそう。

水中墓の存在が現実味を帯び、否応にも期待感が高まってきた。

[旅行日:2016年12月12日]