水無63-060

境内の西側に三重塔が立っている。

礎石上端から宝珠上端まで高さ22 mという小柄な塔。

だが、飛騨国内で唯一の塔建築だ。

初代七重塔が建立されたのは飛騨国分寺が誕生した天平13(741)年。

弘仁10(819)年に炎上し、斎衡年間(845〜857)に二代目五重塔を建設。

応永年間(1394〜1428)に兵火で焼失し、三代目五重塔が再建されるも、金森長近の松倉城攻めに遭い損傷。

元和元(1615)年、金森可重が四代目五重塔を再建した。

天和年間(1681~1684)に五重から三重に改築され、現在のスタイルに。

四代目も寛政3(1791)年、烈風で吹き倒されてしまった。

その後、庶民から喜捨浄財800両が寄せられ、約5500人もの大工の手により、文政4(1821)年に五代目となる三重塔が竣工、現在に至る。

塔内には本尊の大日如来が安置され、心柱には仏舎利が納めてある。

この塔の北側には初代七重塔の中心礎石だった跡が残されている。

直径約1。8メートル、地上全高約1メートルという巨大な花崗岩製の円筒だ。

中心には直径58センチ、深さ28センチの円孔が開けられている。

ここに仏舎利を納め、穴を石で塞ぎ、その上に塔の心柱が置かれていた。

この飛騨国分寺塔址は昭和4(1929)年、国の史跡に指定されている。

飛騨国に限らず国分寺の一般的な認知度は一之宮に比べて遥かに高いように思われる。

創設の経緯が歴史の教科書に記載され、試験勉強の中で覚えるからだろう。

[旅行日:2016年12月11日]