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水無神社を後にし、再びバス停に戻ってきた。

悪代官といえば「水戸黄門」などの時代劇で欠かせない存在。

だが、こうして現実的な存在感を目前に突きつけられると、物語の一要素に過ぎない“敵役”という認識を改めざるを得ない。

というか、現代社会でも社会的地位を利用して私腹を肥やす政治家や官僚は後を絶たないし、むしろ江戸時代に比べても「悪政」に対する罪の意識が薄いのではなかろうか?

切腹とか打首といった命を取られる過酷な処罰がない、執行猶予で何年か我慢すればチャラになる現代のほうが、政治に向き合う姿勢が甘くなるのも無理ないように思える。

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バスを待ちながら停留所の窓から国道41号線を眺める。

先ほど訪れた飛騨一ノ宮の駅前から線路沿いを西へ5分ほど歩くと、「御旅山」という標高約20mの古墳状の丘陵がある。

実は人工の丘陵で別名「御座山」といい、古くから位山の遙拝所とされてきた。

一帯は公園として整備され、毎年5月2日の例祭では水無神社の御旅所として神興の御神幸が行われる。

ここで神事芸能(神代踊り、闘鶏楽、獅子舞など)が奉納され、その後は参拝者に御神酒「濁酒[どぶろく]」が振る舞われる。

ちなみに例祭で水無神社の濁酒を使用するのが公認されたのは昭和7(1932)年11月1日のこと。

現在は「構造改革特別区域法による酒税法の特例」という長ったらしい名の法律下で「臥龍桜の里・一之宮どぶろく特区」に認定されている。

ちなみに、どぶろく特区の認定は平成16(2004)年12月と、ごく最近のこと。

だが、飛騨高山における濁酒造りの歴史は“特区”という小手先の政策で括られるほどチッポケなものではない。

水無大神と飛騨国人の間を結ぶ“絆”ともいうべき存在なのだ。

[旅行日:2016年12月11日]