水無33*0029

主祭神の御年大神とは大年神[オホトシノカミ]のこと。

古事記には須佐之男命[スサノオノミコト]と、大山津見神[オホヤマツミノカミ]の娘である神大市比売[カムオホイチヒメ]との間に生まれた神と記されている。

大年神の「年」とは祈年祭[としごいまつり]の「とし」を意味し、豊年を司る霊力の象徴。

祈年祭とは神祇官が陰暦の二月四日、国庁で豊作を祈願して催行していた祭りのことだ。

大年神は民俗信仰の「年神様」と、ほぼ同一の神と見做されている。

「年神様」は正月になると各家庭へやって来る、非常にインティメイトな神様。

お正月様、年徳神、恵方神など、地方によって様々な呼び方がある。

もともと「年神様」は稲作を司る神様で、農家が祀っていた風習。

松飾りや鏡餅といった正月行事は、この風習に由来するものが多い。

れが年神様の原始的な姿であり、農耕の神である穀霊[こくれい](穀物に宿る霊魂)的性格がクロスオーバーした神が大年神といえよう。

だが、一之宮の中で大歳神が主祭神なのは、ここ飛騨一宮水無神社のみ。

その大歳神にしても、飛騨地方との間に特定の関係性は見当たらない。

そもそも創建当時から、ここの主だったわけでもないだろう。

では、水無神社の真の主とは誰だったのだろうか?

そのヒントは先述した別当寺、袈裟山[けさざん]千光寺の歴史にあった。

千光寺は今から約1600年前の仁徳天皇治世、両面宿儺[りょうめんすくな]が開山したと伝わる。

[旅行日:2016年12月11日]