水無32-0028

騒動の発端は彦四郎が幕命により検地の強行、年貢の増徴など過酷な圧政を敷いたこと。

彦四郎の度重なる約束の反故もあって農民たちの怒りは沸騰。

直訴や駕籠訴[かごそ]に及ぶも全く聞き入れられず、やがて打ち壊しなど行動が過激化していく。

また、農業生産能力に乏しい飛騨では山に住む領民達が「御用木元伐[ごようぎもとぎり]」といって、幕府の管理する山から材木を切り出す報酬として米や賃金を受け取り生計を立てていた。

ところが彦四郎は支出を引き締めようとしたのか元伐の休止を命令。

おかげで領民達は貧困のドン底へ突き落とされた。

「拗の木」のところで彦四郎が発した神域の大檜供出命令に対し、やんわりと村人達が拒絶したのも根底に元伐休止への反発があったという。

水無33-0029

屋根と賽銭箱の間から奥に鎮まる拝殿を眺めつつ、水無神社に鎮まる神様について考えてみる。

水無神社の祭神は水無神[みなしのかみ]。

主神の御年大神[みとしのおおかみ]外十四柱の神々の総称だ。

社号標のところで「水無」の由来は「水主」、川の水源を司る神という説が有力だと触れた。

宮川の源流川上岳から水無神社へ至る途中の位山[くらいやま]には水無神社の奥宮が鎮座している。

この水主の神が坐[いま]す聖域は日本を表裏に分ける分水嶺。

つまり水源と交通の要衝を鎮める「水の主」、それが水無神というわけだ。

[旅行日:2016年12月11日]