水無18-019

益田街道を渡り、来たとき背を向けた水無神社の参道を進む。

奥に鳥居が立ち、その中から黒々とした社殿が覗いている。

手前には「常泉寺川」という細い川が流れ、上には小ぶりな「神橋」。

神橋は大きな神社に付き物だが、ここの神橋は一般道に架かる普通の橋だ。

現在、整備工事が行われている。

来るべきお正月に備えているのだろう。

水無19-020

橋を渡ってすぐ右手に巨大な石碑が立っている。

表には「大原騒動 一宮大集會之地」の文字。

大原騒動とは明和8(1771)年から飛騨一円で20年近く続いた、日本近代史に残る一大農民一揆。

その終焉の地となったのが、ここ水無神社だった。

橋から細い道を挟んですぐ目の前に大鳥居。

その右側に「飛騨一宮水無神社」と刻まれた社号標が立っている。

社号「水無」の由来には諸説あるが、有力なのは「水主」…川の水源を司る神という意味。

読み方は「みなし」「みずなし」「すいむ」と色々あるが、神社は「みなし」と呼ぶ。

ドジョウの味女が土を掘り過ぎて宮川の水が消えた…と先述したが。

宮川の川床が上がって水流が伏流化して水無川になったのがホントのところ。

そこから水無[みなし]川とか水無瀬[みなせ]川原といった地名が誕生。

「水主」と「水無」が融合して「水無神社」という社号になったものと思われる。

鳥居は石造りのシンプルな明神鳥居。

朱に塗られてはおらず、素材の白色が剥き出し。

鳥居の左側には「国幣中社」と刻まれた古い石柱。

戦前に立てられていたものを今も保存してあるのだろう。

水無20-021

[旅行日:2016年12月11日]