南宮033

両社の他にもう一つ、南宮に関係ある(らしい)神社がある。

平安末期の歌謡集『梁塵秘抄[りょうじんひしょう]』巻二に次のような一文がある。

「南宮の本山は信濃国とぞ承る さぞ申す 美濃国には中の宮 伊賀国には稚[おさな]き児の宮」

ここで言う「美濃国の中の宮」とは美濃一宮南宮大社、「伊賀国の稚き児の宮」とは伊賀一宮敢国神社のことではないかと推測される。

これを敷衍すれば「南宮の本山は信濃国」とは信濃一宮諏訪大社を指すことになるのだが。

諏訪大社は追って訪れる予定なので、ここでの詳述は避けることとする。

平安時代中期(905〜967年)に定められた延喜式神名帳に、諏訪大社は「南方刀美神社[みなかたとみのかみのやしろ]」の社名で記載されている。

無論「みなかたとみ」とは主祭神の建御名方[タケミナカタ]神を指しているのだろうが。

「南の方の刀が美しい神社」の名は諏訪大社より、むしろ南宮大社の由来に相応しいように思える。

また諏訪大社では古来、風と水を司る竜神を篤く信仰していたという。

風は砂鉄を精錬・加工するための蹈鞴[たたら]、水は錬鉄の鍛造に必要不可欠な存在。

こうした“状況証拠”からも「南宮の本山は諏訪大社」のように思えるが、これはあくまでも推測。

ただ、諏訪大社は上社に本宮・前宮、下社に春宮・秋宮と、全部で4つの社から構成されている。

大昔そのうちの一つが金山彦命を祀る南方刀美神社だったとしても不思議ではないように思える。

[旅行日:2016年12月10日]