①10日出橋

日豊本線に沿って歩くと、細い水路が高架と交差している。

江戸時代からある水路で、当時は島田口のあったあたり。

橋を渡って木戸をくぐると、その先が中津の御城下となる。

その橋…日出橋があった場所が、この周辺だったそうだ。

①11上博多町

日出橋を渡って島田口へ至る場所は昔「出小屋」と呼ばれていた。

往時ここは新博多町の商人が露天で営業していたところで、繁盛するうちに町屋を建てるようになり、やがて一町を形成するまでになったという。

最初は新博多町の上(かみ)に当たることから「上博多町」と呼ばれたが、後に「新諸町」となり、現在では再び「上博多町」と呼ばれている。

島田口から御城下に入ると「勢溜[せいだまる]」という広場になっていた。

勢溜は戦や火事などの災害時には人々の避難所となる大切な場所で、城下町の町割に不可欠な要所である。

①12新博多町

ここから中津城方面にアーケードが伸びている。

新博多町商店街。

細川時代に「十助堀」を埋めて造られた町で、城下町が形成された初期の町屋14町のうちの一町という歴史を誇る。

この先、中津城側に伸びる「博多町」に対して「新博多町」と命名されたそうだ。

アーケードの中に入ると「日ノ出町商店街」と同様、こちらも見事なまでのシャッター通り。

ことごとく閉ざされた商店の壁の中を進むうち、店を開けている洋品店を見かけた。

店主の表情からは「最後の一店になっても、この商店街を支え続ける」たという矜持を感じた…気がする。

①13諸町通り

新博多町商店街を勢溜まで引き返し、今度は西へ伸びる諸町通りへ。

城下町の風情を今に伝える古風な商店街で、新博多町と同様ここも初期町屋14町のうちの一町。

一部に武家屋敷もあったが、住人の大半は諸々の職業の職人たち。
そこから「諸町」という町名になったのだそうだ。

諸町通りには中津に所縁のある偉人たちの業績を記した立て看板が延々と立っている。

ひとつひとつ読み進めていくだけで、中津の歴史を丸わかりした気分になれる。

①14村上医家全景

通りの中ほどに中津市歴史民俗資料館の分館、村上医家史料館がある。

村上医家の初代宗伯が寛永17(1640)年、この地に医院を開業。

その建物を元に、同家に伝わる数千点もの資料類が展示されている。
建物そのものは江戸時代以来の古民家。

受付にはドラミちゃんみたいに可愛くて頭が良さそうな女性がおり、丁寧に案内される。

内部には書物や医療器具などが所狭しと陳列されていた。

村上家七代目玄水は九州で初めて人体解剖を行った医者で、詳細を記した「解臓記」も展示されている。

見かけは小さいが中に入れば江戸から明治へと日本の医学がたどった軌跡を見渡せるほど茫洋と広い史料館といえよう。

①16村上医家内部


[旅行日:2016年4月10日]