①05日ノ出町入口

駅前のシティホテルに荷物を預け、さっそく街中の散策に出る。

まずは中津駅北口から左手に見える「日ノ出町商店街」へ。


先述の映画「サブイボマスク」の舞台、道半町商店街のモデルはここ日ノ出町商店街なのだそう。


日ノ出町商店街はアーケード商店街だが、昼でも薄暗くて人影が少ない。


全国各地の駅前商店街の例に漏れずシャッター通り化が進行しているように見える。


ただ、飲み屋さんが多いので夜になると賑わうのかもしれない。


①07お花見街コン

商店街の真ん中あたりに紅白の垂れ幕で仕切られた一角がある。


桜の造花で装飾された掲示板を見れば「お花見街コン」と記されている。


どうやら全国で流行している男と女の出会いの場「街コン」の会場らしい。


掲示板の開催要項を読むと、実施されるのは今夜。
一瞬「参加したい!」という欲望が脳裏を掠める。


だが、地元の人間でもないのに参加したところで詮無い話、諦めて(?)通り過ぎた。


①06日の出町


それにしても、人影を見ない。


当方としては誰もいないほうが、ストレスを感じずに済むのでありがたい。


郊外型の巨大ショッピングモールをウロつくより、こうした寂れたアーケード街を歩いているほうが、たとえ店舗が一軒も空いていなくても心が落ち着く。


ことに城下町は昔ながらの老舗が多く軒を連ねているので、シンパシーはひとしおだ。


①08日の出町出口

「日ノ出町商店街」のアーケードを抜けると仲町通りとの交差点。

仲町通りの中ほどに佇む一軒の割烹料理店に目が止まった。


その名は「瑠璃京」、鱧[はも]料理の店とある。

というか鱧そのものが中津の名物なのだ。


新たな中津の主となった細川忠興は慶長9(1604)年、今井浦(現・福岡県行橋市今井)から腕利きの漁師たちを強制的に中津小祝へ移住させた。


その結果、あまり他の地方では食されない鱧が、中津では盛んに食べられるようになった。


次第に中津の料理人たちの手で次々と新しい鱧料理が開発され、同時に中津における鱧の漁獲量も飛躍的に向上。


こうした鱧料理の技術は中津から西日本へ広がりを見せていった。


例えば河豚漁発祥の地で知られる粭島[すくもじま](山口県周南市徳山)の漁師たちの間では「はも漁、はもの骨ぎりの開祖は、豊前中津小祝の漁師たち」との口伝が残されているという。


数ある鱧料理の中でも鍋料理「はもチリ」は中津市民から愛されていて、はもチリを食べるお膳のことを特に「チリ台」と呼ぶほどとか。


それにしても、なぜ中津で「はもチリ」が愛されたのか?
理由は幾つか上げられる。


・各家庭に「橙[だいだい]」の木が植えられ、秋口に絞って保存していた「橙酢」が「チリ酢」として利用された。


・座興唄「大津絵」に高須人参、湯屋根深(葱)、相原大根、和間白菜といった材料が唄い込まれ、親しまれていた。


・中津藩が生産制限を出すほど豆腐の消費量が著しかった。


・甘口が主流な九州の醬油に比べ、中津の醬油は少し塩味が強くチリに最適だった。

①09瑠璃京

[旅行日:2016年4月10日]