土屋と細殿の間を通り抜けると、その先に御手洗川[みたらしがわ]が流れている。
川の上に社殿が立ち、両脇に石造りの橋が架かっている。
橋殿、又の名を舞殿というこの社殿は国の重要文化財で、造替は本殿と同じ文久3年だ。
両脇に架る橋は本殿に向かって左が禰宜橋[ねぎばし]、右が祝橋[ほうりばし]。
禰宜橋を渡りながら中を観察する。
柱と屋根で構成された構造物は縦長の長方形で奥行きが深い。
ここ橋殿は葵祭で勅使が祝詞を奏上する場所だ。
また、勅使が祝詞を奏上した後、陪従[ばいじゅう]の奏楽とともに舞人が雅楽「東游[あずまあそび]」を舞うので「舞殿」とも呼ばれている。
陪従とは「東游」で舞人に従い管弦や歌を演奏する楽人のことだ。
後ろを振り返ると細殿と御手洗川の間に手水舎が立っている。
「だから川の名が御手洗川なのか」と独り言ちた。
[旅行日:2014年3月20日]