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暫くして女性が去ると、拝殿に正対して参拝。
終えると裏へグルリと回りこんで瑞垣越しに本殿を眺める。

本殿の建築様式は八幡造ではなく、なぜか流造。
(本当は八幡宮ではない)というサインなのか?

本殿は慶長13(1608)年、徳川家康が大壇那として造営した。

八幡神を武家の守護神として崇めていた家康により、徳川幕府は御朱印百石余を寄進。

また、二代将軍秀忠も寛永5(1628)年、拝殿と本殿を結ぶ中門を造営している。

このように事任八幡宮は徳川幕府との結び付きが強く、その証に本殿の扉の金具には菊と葵の両方の紋が刻まれているそうだ。

社殿の右側には御神木の大杉が聳立している。
一説によると坂上田村麻呂お手植えとも伝わる。

高さ36.5メートル、目通り(目の高さでの直径)6.3メートル、根回り11.2メートルという巨木だ。

樹齢1000年余と言われるが、今も樹勢は衰えておらず、現在では掛川市の天然記念物にも指定されている。

社殿の左側には摂社・末社が並んでいて、下に降りることなく直接行けるようになっている。

社殿に最も近いのが五社神社。

祭神は天照大御神、八意思兼神、大国主命、火之迦具土神、東照大権現の五柱。

アマテラスと大黒様と徳川家康が一つ屋根の下に同居しているとは、なんとも大らかな神社である。

[旅行日:2012年12月21日]