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神武天皇から「肥沃な土地を探せ」との勅命を拝した天富命(アメノトミノミコト)は、まず南海道阿波国(徳島県)に上陸。

そこで麻や穀(カジ=紙などの原料)などを植栽し、開拓を進めた。

その後、天富命一行は更なる肥沃な土地を求め、阿波国に住む忌部(いんべ)一族を引き連れて船に乗り、黒潮へと漕ぎだした。

忌部氏は朝廷の祭祀を担当してきた氏族で、それに使う祭具の製作部門も管轄していたことから、今ではあらゆる産業の総祖神とされている。

さて、海路はるばる房総半島の南端にたどり着いた天富命一行と忌部一族。

ここが麻の栽培に適していたことから「総国(ふさのくに)」と命名した。

「総」とは古代語で「麻」と同義語で、ここでも麻や穀を播植して産業地域の拡大に尽力。

同時に上陸地点を出発地の「阿波」と呼び、後に「安房」へ変わったとされる。

今でこそ「千葉県」と一括りにされているが、そもそもは上総と下総、それに安房と国が三つもあったのだ。

天富命は上陸地である布良浜の男神山・女神山という二つの山に、祖先の天太玉命(アメノフトタマノミコト)と、后神の天比理刀咩命(アメノヒトリメノミコト)を祀った。

これが現在の安房神社の起源になっているそうだ。

なお、阿波国一之宮「大麻比古神社」の主祭神「大麻比古大神(オオアサヒコノオオカミ)」は、安房神社の主祭神「天太玉命」の別名。

つまり、安房国と阿波国の各一之宮は主祭神が同じということになる。


[旅行日:2013年5月21日]