RJ洲崎12

細い参道を入ると正面に朱塗りの仁王門が聳立している。

境内にある保育園の出入口も兼ねており、ちょうど夕刻とあってか、ひっきりなしに母親たちが我が子を迎えに来ていた。

名称は「子育保育園」。

保育園の名称としてはありきたりのような印象を受けるが、その由来は境内に鎮座する「子育て地蔵」に因んだもの。

地蔵の建立は寛政9(1797)年というから、200年余に亘って地域の子どもたちを見守り続けてきたことになるのか。

夕闇が迫る中、母子が連れ立って家路を急ぐ寺の境内に、得体の知れぬ怪しき男が一人。

我が身を客観的に鑑みれば、こんなところで観音様を拝んでいていいのかとも思うが。

園舎と参道を挟んだ向かい側にはススキが群生しており、それが状況を一層おどろおどろしく演出している。

といっても、これらは「一本ススキ」と呼ばれる由緒正しき代物。

源頼朝が洲崎神社へ参詣した際、昼食で箸の代わりに使ったススキを「我が武運強ければここに根付けよ」と言いつつ地に挿したところ、本当に根付いたという伝承が残っているそうだ。

園舎の前を通り過ぎ、石段を昇ると正面には朱塗りの観音堂。

堂内には本尊で洲崎神社の本地仏でもある十一面観世音菩薩が鎮座している。

(旅行日:2012年12月17日)